大阪高低差学会古墳部・第1回古墳ブラ歩き・前編(纒向古墳群)

23:45

大阪高低差学会古墳
第1回古墳ブラ歩き
〜怒涛の巻向編〜(前編)

大阪高低差学会おせわがかりのひとり、大西さんが企画してくださった「大阪高低差学会古墳部 第1回古墳ブラ歩き 怒涛の巻向編」のレポートです。古墳部の記念すべき第1回フィールドワークは、奈良県桜井市にある箸墓古墳周辺の古墳を歩いてきました。

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まずはGoogle Earthで歩いたコースの全体像を。JR三輪駅から箸墓古墳と巻向古墳群をまわり、昼食後はJR線山側の古墳を巡りました。歩いた距離は約16km。まさに怒涛の古墳歩きでした。

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JR三輪駅から箸墓古墳を目指して上ツ道(かみつみち)を歩いていきます。上ツ道とは古代よりつづく官道のひとつです。

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こんな洗い場が残っているのがいいですね。

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むこうに箸墓古墳の森が見えてきました。

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ここはクビレ部分です。ここに古墳を横断する村道跡が残っています。森の中を観察すると後円部は段々になっているのがよくわかります。現地に行かれたたら地表を観察してみてください。

(参考記事)
箸墓古墳とホケノ山古墳十三のいま昔を歩こう

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今の時期は水が抜かれているようですね。

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よく見ると黒い石がたくさん見えます。葺石の一部でしょうか。

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左が後円部、右が前方部。クビレ部から前方部の端に向けて勾配があり、先端は大きくせり上がっているのがよくわかります。後円部は5段になっていますが、最上段の全面がこぶし大の石で覆われているようです。いったい誰の墓なのか、興味が尽きませんね。

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JR巻向(まきむく)駅です。

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この駅を中心に東西2km、南北1.5kmの範囲が古墳時代前期の大規模集落があった纒向(まきむく)遺跡です。駅の近くに大型建物跡が発掘されて話題になりました。

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これが発掘当時の写真。奥のフェンスのところが線路です。

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その大型建物群が発見された場所に行きたかったのですが、道がわからず巻向駅のホームから見せていただきました。

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ホームから見渡すと地形の高低差がよくわかるのですが、建物があった場所はやや高く、左側は低くなっています。古墳時代、この低地には大溝があったようです。

「桜井市立埋蔵文化財センター」の展示より
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纒向遺跡の模型です。大型建物群の左右に大溝と呼ばれる水路があったようです。

「桜井市立埋蔵文化財センター」の展示より
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「桜井市立埋蔵文化財センター」にも立ち寄りましたので、纒向遺跡の出土品を簡単に紹介します。

「桜井市立埋蔵文化財センター」の展示より
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纒向遺跡の象徴的な出土品がこの木製仮面です。3世紀前半のもので木製の仮面としては国内最古。祭祀で使われたものだと考えられています。

「桜井市立埋蔵文化財センター」の展示より
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実はこの仮面、鍬(くわ)から転用したモノです。リサイクルなのですね。

「桜井市立埋蔵文化財センター」の展示より
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纒向遺跡では様々な形の土器が出土しおり、これは全国各地から人々が集まって来たという事を示しています。

「桜井市立埋蔵文化財センター」の展示より
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ちなみに、出土した土器の15〜30%が大和以外の地域のものだそうです。

「桜井市立埋蔵文化財センター」の展示より
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エリアはこんな感じ。

さて、
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纒向古墳群を巡っていきましょう。ちなみにここから主催者である大西さんと合流。なぜここから合流かは、私からはとても言えません(笑)

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わずかに盛り上がっているところが纒向石塚古墳です。

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前方後円墳が出現する以前の3世紀初頭に築造され、最古の古墳と注目された古墳です。現在は、3世紀前半と築造が3世紀中頃で埋葬が3世紀後半とする2説があります。葺石や埴輪がない、言わば前方後円墳のプロトタイプのような墳丘墓で、後円部が大きく、前方部が小さい頭でっかちのカタチが特徴です。

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元々の後円部は3段あったようですが、第2次世界大戦時に高射砲陣地の設営のため墳丘の上部を削ってしまったようです。

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女子っけがまったくないの男子会状態。

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次に向かったのが勝山古墳。

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こちらも、埴輪や葺石がない前方後円墳のプロトタイプとおもわれる墳丘墓です。

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周濠からは3世紀頃の遺物が多数出土しています。

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どうやら中は立入禁止ではないようです。行ってみましょうか(笑)

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ガサガサ…

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ガサガサ…

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おっ、結構行けちゃいましたね。

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この竹やぶの中でも解説をする大西さん。さすがです。

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お隣に矢塚古墳があります。

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こちらも埴輪や葺石がない前方後円墳のプロトタイプで、3世紀中頃に築造された墳丘墓です。

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上にのぼりましょう。

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上からみると結構高い。

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もちろんここでも大西さんの解説が。

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「はい、次!」って感じの一行。

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振り返りながら、南北56m、東西64mって大きいな〜と改めて思う。

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農道をしばらく歩くと見えてきました。

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東田(ひがいだ)大塚古墳。

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近づくとなにやら畑っぽい。

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こちらも埴輪や葺石がない前方後円墳のプロトタイプ。3世紀後半に築造されたもののようです。

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階段が手作り感満載。みかんの木がいいな。

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この竹もタケノコ用かもですね。

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墳頂です。

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なんとここには三角点がありました。

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大塚と刻まれた石も。

後編につづく…

(関連サイト)
大阪高低差学会古墳部・第1回古墳ブラ歩き・前編(纒向古墳群)
大阪高低差学会古墳部・第1回古墳ブラ歩き・後編(纒向古墳群)
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コメント

  1. jack77betty | URL | -

    舒明天皇の初葬地か=国内最大級の方墳発見

    本日のビックニュースですね。
    巻向遺跡発見のときもずいぶんの人出でしたが、今回もいずれ行われるであろう現地説明会はそれに劣らぬ盛況が予想されます。

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