摂津名所図会で見る四天王寺周辺の風景

22:00

摂津名所図会で見る
東京スリバチ学会&大阪高低差学会・
合同フィールドワークのコース


江戸時代の上町台地はどのような風景が広がっていたのでしょう?それを知るために参考になるのが、「摂津名所図会」です。「摂津名所図会」は、寛政8年(1796)〜寛政10年(1798)に刊行された摂津国の地誌で、今でいう観光ガイドブックのようなものです。その中に、今回フィールドワークを行う四天王寺周辺の絵がいくつか描かれていますのでそれらを紹介したいと思います。

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赤いラインが今回のコース。黄色い枠が摂津名所図会に描かれているエリアです。

「四天王寺南大門前と四天王寺伽藍図/摂津名所図会」
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摂津名所図会にある四天王寺周辺の図をすべて繋げるとこんな大きさになってしまいました。今回のフィールドワークでは南大門から入り、伽藍をぐるーっとまわって石の鳥居を抜けるコース。四天王寺は昭和9年の室戸台風や昭和20年の空襲など、摂津名所図会が刊行されて以降も大きな被害に数回あっています。その度に再建され、今でも創建当時の様式を忠実に再現しています。

「安井天神/摂津名所図会」
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安居神社です。フィールドワークでは右端の鳥居をくぐり参道をぬけ、社殿の前を通り石段を下りていきます。現在はビルや住宅などで囲われているため地形がわかりにくいですが、崖の下には今でも「安井の清水(かんしずめの井)」跡が残っています。舞台もあったようですが、どこにあったのかを探してみるのも面白いかもしれませんね。帰りにもう一度境内の下を通ります。

「清水寺 有栖山古跡/摂津名所図会」
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清水寺です。現在の清水寺とはまったく違いますが、地形を見ると共通点が多い事に気付きます。本堂などがあった場所や斜面は、現在すべて墓地になっています。ただ、舞台は現在とほぼ同じ場所かもしれません。有名な「玉出の滝」が描かれていませんが、摂津名所図会が描かれた後にできたのかもしれません。清水坂を下ったところに井戸がありますが、いまは痕跡が何も残っていない天王寺七名水のひとつ「有栖の清水(ありすのしみず)」ではないかと思います。右端の井戸も天王寺七名水のひとつ「増井の清水」だと思われます。

「新清水紅葉坂滝・増井浮瀬夜の雪/浪花百景」
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ちなみにこれが浪花百景に描かれた「玉出の滝」と「増井の清水」。「玉出の滝」の崖がダイナミックに描かれていますね。こんな崖だったのか。

「勝曼院 毘沙門堂 家隆塚/摂津名所図会」
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清水寺のすぐ近くにある愛染坂を横目に大江神社の石段をのぼります。大江神社の社殿は今と場所も方角も違います。社殿には毘沙門と記されていますね。そして、愛染堂の境内をまわって口縄坂に向かい、ぐるーっとまわって再び神社の下を通ります。

という感じで、フィールドワークでは、江戸時代の風景をイメージしながら歩くのも面白いかもですね。この辺りは天王寺七名水が湧いていた場所で、生駒山からの伏流水が地下を通りちょうどこの崖に湧き出ていたのかもしれません。ちなみに天王寺七名水とは、金龍、有栖、増井、安井、玉手、亀井、逢坂、の七つの井戸を指します。


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