伊丹段丘の崖を歩く・序章

21:30

伊丹段丘の崖を歩く
まるでプチ・テーブルマウンテン。

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伊丹段丘(いたみだんきゅう)をカシミール3Dで見てみた。
台地と低地がはっきり分かれていますね。
境目にある崖は段丘崖というもので、猪名川によって浸食されたものです。東側の広大な低地は、伊丹台地がつくられて現在にいたる数万年間の間に猪名川が氾濫するたびに川幅を広げてきたもので、地学上は「氾濫原(はんらんげん)」と呼ばれています。猪名川が出水のたびに流路を変えて暴れた勢力圏のようなものです。

「伊丹市史」より
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この図は明治18年に測量された地形図。
等高線でその高低差がよくわかる。北側の加茂遺跡のあたりが高低差約20m。そこから猪名野神社周辺まではっきりとした高低差が確認できます。(※古い地形図なので数値に若干の誤差があるようです)

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カシミール3Dで北側から南方面を見たところ。
伊丹台地がテーブル状の丘になっている。

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航空写真をマッピングするとこのようになる。
段丘崖にそって森林が帯状に長く繋がって残っているのがここの特徴。

今回は加茂遺跡がある高台の場所から、
森林に覆われた段丘崖周辺を歩いてきました。

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JR川西池田駅です。

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ここから少し歩くと

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こんもりとした森が見えてくる。

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丘の上に家があるが、

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ここが伊丹段丘の北端になります。

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橋を渡り、

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坂をのぼると、

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鴨神社がある。

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石灯籠の横に「史跡 加茂遺跡」の碑が。

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鴨神社の境内を含む広い範囲で、旧石器・縄文・弥生時代の集落跡が見つかっています。弥生時代中期には、東西約800メートル、南北約400メートル、一部を環濠で囲んだ大集落があったようです。確かにこの地は集落を造るには絶好の場所かもしれませんね。

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参道の森を抜けると

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拝殿がある。

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その横にこんな看板があった。
すぐ近くに出土品などを展示した文化財資料館があります。
場所:川西市南花屋敷2丁目13番10号

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鴨神社周辺は高低差の宝庫。

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すぐ前にこんな高低差があったり、

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こんな高低差があったり、

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こんな段々の家があったり、

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こんな急な階段があったりと面白い。

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この坂もいいね。

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上からの見晴らしが素晴らしい。

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あの崖にへばりついた階段も気になる。

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上に上がるとこのような見晴らし。

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この坂道、

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上りきると

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こんな素晴らしい崖がある。
いい段丘崖だ。

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さて、低地を進んで行くと段丘崖の森が見えてくる。

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森へ続く道を行ってみましょう。
森の向こうはどうなっているのだろう。

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崖の坂を上ると、

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森が防風林のようになっていて、それに寄り添うよう住宅が建ち並んでいる。

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森に沿って建ち並ぶ家の前の道を歩いて行くと、

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低地と繋がる坂道がまたあった。

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そのまま住宅地を歩いて行く。

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すると道の脇に大きな木があって、その向こうに鴨神社の鳥居が見える。

この日は、途中雨が降り出しそうだったので、ここで切り上げたのですが、後日、川西池田駅〜猪名野神社まで歩いてきました。

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これがその時の行程。
この時のレポートは3回くらいに分けないと紹介できそうにないのでまた後日。
「十三のいま昔を歩こう」の方で紹介かもしれません。
なかなか面白い高低差でしたよ。


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